大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)202号 判決

上告人

旧商号ネッスル株式会社ネスレ日本株式会社

右代表者代表取締役

ハンス ユルゲン クレット

右訴訟代理人弁護士

青山周

被上告人

中央労働委員会

右代表者会長

萩澤清彦

右指定代理人

山口俊夫

朝原幸久

吉住文雄

一宮達寛

右補助参加人

ネッスル日本労働組合

右代表者執行委員長

笹木泰興

右補助参加人

ネッスル日本労働組合霞ケ浦支部

右代表者執行委員長

冨田真一

右両名訴訟代理人弁護士

古川景一

伊藤博史

杉山繁二郎

佐藤久

阿部浩基

岡村親宜

藤原精吾

野田底吾

宗藤泰而

筧宗憲

市川守弘

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第一三六号不当労働行為救済命令取消請求事件について、同裁判所が平成三年六月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決のうち別紙記載の再審査命令部分に関する部分を破棄し、第一審判決のうち右再審査命令部分に関する部分を取り消す。

被上告人のした別紙記載の再審査命令のうち同記載の部分を取り消す。

上告人のその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用はこれを六分し、その一を被上告人の、その余を上告人の負担とし、参加によって生じた訴訟の総費用はこれを六分し、その一を被上告補助参加人らの、その余を上告人の負担とする。

理由

上告代理人青山周の上告理由第一及び第二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右認定に係る事実関係の下において、上告人会社による団体交渉の拒否が労働組合法七条二号の不当労働行為に当たるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

同第三の一について

使用者と労働組合との間にいわゆるチェック・オフ協定が締結されている場合であっても、使用者が有効なチェック・オフを行うためには、右協定の外に、使用者が、組合員の賃金から組合費相当額を控除し、これを労働組合に交付することにつき、個々の組合員から委任を受けていることが必要であって、チェック・オフ開始後においても、組合員は使用者に対し、いつでもチェック・オフの中止を申し入れることができ、右中止の申入れがされたときには、使用者は当該組合員に対するチェック・オフを中止すべきものである(最高裁平成三年(オ)第九二八号同五年三月二五日第一小法廷判決・裁判集民事一六八号下一二七頁)。

原審の適法に確定したところによれば、以下の事実が明らかである。(1) 上告人会社には、もともと単一のネッスル日本労働組合(以下「旧ネッスル労組」という。)が存在したが、同組合の内部抗争の結果、共にネッスル日本労働組合を名乗る二つの労働組合及びそれぞれの支部が独立した労働組合として併存するに至った(被上告補助参加人であるネッスル日本労働組合を以下「参加人組合」といい、参加人組合と同名ではあるが別の組織であるネッスル日本労働組合を以下「訴外組合」という。)。(2) 参加人組合所属の組合員らは、従来、旧ネッスル労組と上告人会社とのチェック・オフ協定に基づき組合費のチェック・オフを受けていたが、参加人組合及び被上告補助参加人ネッスル日本労働組合霞ケ浦支部(以下「参加人支部」という。)は、独立した労働組合としての存在が認められるに至る直前からチェック・オフの中止を再三求めてきており、昭和五八年九月には、参加人支部から所属組合員名を明示してチェック・オフの中止及び控除された組合費相当額の組合員らへの返還の要求がされた上、同支部所属の組合員各個人からも同様の申入れがされた。(3) 上告人会社は、昭和五八年九月には、参加人組合及び参加人支部の存在を認識し、これに所属する組合員の氏名を把握していた。

右(2)の事実からすると、上告人会社は、参加人支部所属の組合員らに対するチェック・オフを中止すべきであったのであって、旧ネッスル労組あるいは訴外組合とのチェック・オフ協定の存在を理由に、これを継続することは許されない。そして、右(3)の事実によれば、上告人会社が、昭和五八年九月以降も、右の中止の申入れを無視して右組合員らについてチェック・オフをし続け、しかも控除額を訴外組合の霞ケ浦支部へ交付したことは、参加人組合及び参加人支部の運営に対する支配介入であるといわざるを得ない。したがって、右の行為が労働組合法七条三号の不当労働行為に当たるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

同第三の二について

一  原審の適法に確定した事実関係の大要は、次のとおりである。

(1)  上告人会社は、旧ネッスル労組との間でチェック・オフ協定を締結していたが、同組合の内部抗争の結果、上告人会社内に共にネッスル日本労働組合を名乗る参加人組合と訴外組合という二つの労働組合及びそれぞれの支部が併存するに至った。(2) 上告人会社は、右併存状態を認識し、参加人組合からチェック・オフ協定の破棄を通告されるとともに、参加人支部及びその組合員からチェック・オフの中止を申し入れられたのにもかかわらず、なおチェック・オフを継続した上、控除した組合費相当額を訴外組合の支部に交付した。(3) 主文記載の再審査命令によって一部改められた後の初審命令は、右(2)の上告人会社の行為が支配介入の不当労働行為に当たるとした上で、その救済のため、チェック・オフの禁止並びに参加人組合及び参加人支部を名あて人とするポスト・ノーティスを命ずるほか、参加人支部に所属する組合員の給与から昭和五八年九月以降チェック・オフした組合費相当額に年五分の割合による金員を付加して参加人支部に支払うことを命じた(以下、右の参加人支部への支払を命じた部分を「本件命令部分」という。)。

二  原審は、本件命令部分につき、上告人会社の右(2)の行為が支配介入の不当労働行為に当たると認められるのであるから、このような不当労働行為がなかったと同様の事実上の状態を回復させるための救済措置として、右組合費相当額に年五分の割合による金員を付加して参加人支部に支払うよう命ずることは、本件事実関係の下では、労働委員会にゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し、救済措置として相当性を欠くということはできず、また、右の措置をもって、労働基準法二四条一項に反するということもできないとし、本件命令部分に違法はないと判断した。

三  しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

労働委員会は、救済命令を発するに当たり、その内容の決定について広い裁量権を有するものであることはいうまでもないが、不当労働行為によって発生した侵害状態を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るという救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限度を逸脱することが許されないことも当然である。救済命令の内容の適法性が争われる場合、裁判所は、労働委員会の右裁量権を尊重すべきではあるが、その行使が右是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるときには、当該命令を違法と判断せざるを得ない(最高裁昭和四五年(行ツ)第六〇号、第六一号同五二年二月二三日大法廷判決・民集三一巻一号九三頁参照)。

本件命令部分は、チェック・オフの継続と控除額の訴外組合の支部への交付という不当労働行為に対する救済措置として、上告人会社に対し、控除した組合費相当額等を組合員個人に対してではなく、参加人支部へ支払うことを命じたものである。しかし、右チェック・オフにより控除された組合費相当額は本来組合員自身が上告人会社から受け取るべき賃金の一部であり、また、右不当労働行為による組合活動に対する制約的効果や支配介入的効果も、組合員が賃金のうち組合費に相当する金員の支払を受けられなかったことに伴うものであるから、上告人会社をして、今後のチェック・オフを中止させた上、控除した組合費相当額を参加人支部所属の組合員に支払わせるならば、これによって、右不当労働行為によって生じた侵害状態は除去され、右不当労働行為がなかったと同様の事実上の状態が回復されるものというべきである。これに対し、本件命令部分のような救済命令は、右の範囲を超えて、参加人組合と上告人会社との間にチェック・オフ協定が締結され、参加人組合所属の個々の組合員が上告人会社に対しその賃金から控除した組合費相当額を参加人支部に支払うことを委任しているのと同様の事実上の状態を作り出してしまうこととなるが、本件において、原審の認定事実によれば、右協定の締結及び委任の事実は認められないのであるから、本件命令部分により作出される右状態は、不当労働行為がなかったのと同様の状態から著しくかけ離れるものであることが明らかである。さらに、救済命令によって作出される事実上の状態は必ずしも私法上の法律関係と一致する必要はなく、また、支払を命じられた金員の性質は控除された賃金そのものではないことはいうまでもないが、本件命令部分によって作出される右のような事実上の状態は、私法的法律関係から著しくかけ離れるものであるのみならず、その実質において労働基準法二四条一項の趣旨にも抵触すると評価され得る状態であるといわなければならない。したがって、本件命令部分は、労働委員会の裁量権の合理的行使の限界を超える違法なものといわざるを得ない。

そうすると、原判決が本件命令部分を適法であるとしたのは、法令の解釈適用を誤ったものであり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決は右の部分につき破棄を免れず、右部分につき、上告人会社の取消請求を棄却した第一審判決を取り消し、上告人会社の請求を認容すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九四条、八九条、九二条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子)

上告代理人青山周の上告理由

第一 原判決には、労働組合法第六条および同法第七条第二号の解釈適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響をおよぼすことが明白であるから、原判決は破棄されるべきである。

原判決は、上告人ネッスル株式会社(以下、上告人会社という)が、「同日(昭和五八年四月一〇日)以降参加人支部からの再三にわたる団体交渉の申入れにもかかわらず、参加人組合および参加人支部の存在を否認して団体交渉を拒否したことは、正当な理由のない団体交渉拒否(労働組合法七条二号)に該当するものというべきである」(第一審判決書六四頁)と判示しているが、補助参加人ネッスル日本労働組合(以下、補助参加人組合という)および補助参加人ネッスル日本労働組合霞ケ浦支部(以下、補助参加人支部という)の結成・存在につき、事実の認定を誤り、労働組合として存在しない補助参加人組合および補助参加人支部に対して、上告人会社に、団体交渉応諾義務があるとしたものであるから、労働組合法第六条および同法第七条第二号の解釈適用を明らかに誤ったものである。

一 原判決は、訴外ネッスル日本労働組合(以下、訴外組合という)の組合員であり、かつ、ユニオン・ショップ協定の効力下にあった斉藤勝一らが、組合規約に定める訴外組合からの離脱手続を履践しないばかりか、離脱の意思表示すらも行わず、自らの離脱を積極的に否定しているにもかかわらず、補助参加人組合が、訴外組合とは別個独立した組合として、新たに結成されたものとしているが、失当である。

すなわち、原判決は、「参加人組合・参加人支部および訴外組合のいずれもが旧組合規約の定める組合脱退または除名の手続をとっていないことは、控訴人主張のとおりであり、本件においては、訴外組合が旧組合を承継したものであるのか、あるいは、参加人組合が旧組合を承継したものであるのか、または、組合の分裂という特別の法理を適用すべき希有の事例であるのかはにわかに決しがたいところがある。しかしながら、前記認定のとおり、参加人組合および参加人支部は、訴外組合および訴外支部とは別個独立の組合活動を行い、別個に執行部役員を選出し、組合規約を制定しているのであって、客観的にも労働者の団結体としての実体を有するに至ったものであることは十分認めることができる(形式的な法律論さえしなければ、常識で判断できることであろう。)から、その団結権は法律上当然保障されるべきものである。要するに、控訴人の団交拒否等の不当労働行為の成否が争われている本件においては、参加人組合および参加人支部が客観的にみて現に実体として存在すると認められるか否かを問題とすれば足りるのであり、法律的に旧組合と参加人組合および参加人支部とがいかなる関係にあるのかということは、本件訴訟の結論に影響がなく、判断する必要もない事柄であるといってよい。控訴人は、脱退または除名の手続がとられない以上、複数の組合は存在しえないと強調するけれども、右は労働組合としての存在が認められるかどうかを決する基準とするにふさわしいものではない。右手続の履践の有無は、当該組合員と旧組合あるいは両組合相互間の関係を検討するに際して問題となる事柄であり、右手続がとられていないからといって、現に存在する参加人組合や参加人支部の存在を否定することはできない。この理は、控訴人のように、旧組合との間でユニオン・ショップ制をとっている場合も、異なるところはない」(原判決書五枚目表~六枚目表)としているが、重大な事実の認定を誤り、かつ労働組合法の解釈適用を誤ったもので、失当である。

1 上告人会社と訴外組合との間において、昭和四六年五月、労働協約が締結され、その労働協約(〈証拠略〉)において、

「第三条(確認)

会社は、組合が従業員の大多数を代表し、団体交渉権を有する唯一の団体であることを確認する」

「第六条(組合員)

会社は、従業員が組合に加入し、また、その役員となる権利を有することを確認する。

ただし、組合に加入しない者、脱退した者および組合から除名された者の取扱いは、会社および組合の合同協議によるものとする」

として、唯一交渉団体約款およびユニオン・ショップ約款が定められた。

その後、この労働協約は、現在まで更新されてきているが、右の唯一交渉団体約款およびユニオン・ショップ約款は、何らの変更はない。

このように、すでにユニオン・ショップ制がとられている労使関係および訴外組合の組織状況において、訴外組合と並んで別個の労働組合が新たに存在しうるには、一部の組合員が、訴外組合から離脱して、新たに、労働組合を結成するしかありえないのである。

2 ところが、斉藤勝一らが、訴外組合から離脱していないことについては、被上告人中央労働委員会(以下、被上告人委員会という)も、「甲組合所属の組合員が従前のネッスル労組からの脱退の手続をとったり除名されたりしたことのないことは会社主張のとおりである」(本件命令書九頁)と認めているところであり、当事者間に争いのないところである。

さらに、訴外組合も、その結成以来、組合規約の定めに従い、脱退、除名の手続をとった組合員は、斉藤グループに属すると称する組合員には、一名もいないと明確に確認しているところである(〈証拠略〉)。

しかも、斉藤勝一らは、上告人会社の再三の照会(〈証拠略〉)に対しては、訴外組合からの脱退(の意思表示)を明確に否定し、自らを、訴外組合を承継した労働協約の締結当事者とさえ主張し、新たに別個の労働組合を結成した事実を強く否定しているのである(〈証拠略〉)。

原判決のいうように、仮に「脱退する手続を履践」する必要がないとしても、すでに述べたとおり、斉藤勝一らは離脱の意思表示を全く行っていないばかりか、その意思すらも明確に否定しており、原判決は、斉藤勝一らの離脱の意思表示について全く言及していないのである。そして斉藤勝一らが、補助参加人組合を結成したという事実から、同人らの訴外組合に対する離脱の意思表示があったものといえないことは、斉藤勝一らが、そもそも訴外組合からの離脱そのものを明確に否定しているところからも明らかである。

したがって、斉藤勝一らが、訴外組合から脱退ないし離脱の意思表示をしたことを認定していない原判決には、この点においては少なくとも、理由の不備がある。

3 労働組合においては、団体自治を体現するのは組合規約であり、団体自治の実質は規約自治であり、組合規約は労働組合の組織・運営について基本的な事項を定めるもので、「労働組合の憲法」というべきものである。

したがって、労働組合への加入、脱退、除名等も組合規約に則り処理されるべきものであり、さらに脱退の手続については、組合規約に定めがあればそれに従うことを要することも当然である(山口浩一郎・労働組合法二三および二五頁)。組合自治尊重の原則は組合規約の強行性を承認するための障害にならないというよりは、むしろこれを積極的に要請するというべきものであり、規約の強行性の承認は少なくとも憲法二八条の趣旨に合致するものである。さらに、労働組合法第五条が規約の必要的記載事項だけを定め、その実際における遵守について顧慮しなかったのは、労働組合法自身が規約の法的強行性を当然の前提としているからである(東京大学労働法研究会編・注釈労働組合法上巻二〇七~二〇八頁)。

ところが、原判決は、「控訴人は、脱退または除名の手続がとられない以上、複数の組合は存在しえないと強調するけれども、右は労働組合としての存在が認められるかどうかを決する基準とするにふさわしいものではない。右手続の履践の有無は、当該組合員と旧組合あるいは両組合相互間の関係を検討するに際して問題となる事柄であり、右手続がとられていないからといって、現に存在する参加人組合や参加人支部の存在を否定することはできない。この理は、控訴人のように、旧組合との間でユニオン・ショップ制をとっている場合も、異なるところはない」(原判決書五枚目裏~六枚目表)としているが、この原判決の判断は、組合規約の無視、ひいては、団体自治そのものを否定するものである。

4 以上述べたとおり、上告人会社の従業員は、すべて訴外組合の組合員であって、補助参加人組合や補助参加人支部の組合員たりうるものは、一名もあり得ないのであるから、補助参加人組合も補助参加人支部も結成・存在する余地がないのである。

二 原判決は、「参加人組合および参加人支部が客観的にみて現に実体として存在すると認められるか否かを問題とすれば足りるのであり、法律的に旧組合と参加人組合および参加人支部とがいかなる関係にあるのかということは、本件訴訟の結論に影響がなく、判断する必要もない事柄であるといってよい。控訴人は、脱退または除名の手続がとられない以上、複数の組合は存在しえないと強調するけれども、右は労働組合としての存在が認められるかどうかを決する基準とするにふさわしいものではない。」と判示しているが、かかる認定・判断は、労働組合につき、社会的実体と法律的実体を混同し、労働組合法の解釈適用を誤ったものである。

1 労働組合法の目的は、「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること」(同法第一条)であり、労使対等の理念に基づく団体交渉の助成を行うための、団結や団体行動権の擁護を行っている。

したがって、労働組合法による適法かつ自主的になされる労働組合の正当な活動に対しては、使用者の業務命令権、人事権、施設管理権および懲戒権等は、一定の制約を受けることになる。

このように、使用者に対し、団体交渉応諾義務を始めとするさまざまな義務や制約を発生せしめる労働組合の結成・存在の認定にあたっては、たとえ現行法上その成立手続に明確な規定がないからといって、安易にこれを認めるならば、使用者に対しいたずらに義務を課すこととなり、労使関係の公平を失するものであることは明白である。

したがって、労働者の団結する自由は、憲法の保障するところではあるが、労働組合法の保護を受ける労働組合の結成・存在の認定にあたっては、これを慎重に行わなければならないのである。

2 ところで、上告人会社は、訴外組合の内部に一部組合員による分派(斉藤グループ)が社会的実体として存在していることを否定するものではない。

また、上告人会社は、労働組合が存在しなかった労使関係下においては、複数の労働者が集まり「別個独立の組合活動を行い、別個に執行部役員を選出し、組合規約を制定している」事実が認められるようになった場合には、その事実をもって労働組合の結成・存在が認められ、使用者には団体交渉に応ずる義務があることにも格別の異論をさしはさむものではない。

しかしながら、すでに労働組合が結成され、かつ使用者と当該労働組合との間において全従業員を組合員とするユニオン・ショップ制がとられている労使関係下においては、従業員は全員、当然に当該労働組合の組合員であるから、仮にそのうちの一部の組合員が「別個の組合活動を行い、別個の執行部役員を選出し、組合規約を制定している」という事実があったとしても、それは、高々、労働組合のごとき社会的実体があるというにすぎないのであって、その事実だけをもって、使用者は、法律的実体としての労働組合として取り扱わなければならない義務はないのである。

即ち、本件労使関係においては、ユニオン・ショップ制がとられており、訴外組合が全従業員を組織している組織状況であるから、訴外組合とは別個独立した新たな法律的実体として存在しうるには一部の組合員が訴外組合の組合規約に従い訴外組合から脱退した上(あるいは一部の組合員が除名されて)、新たに労働組合を結成するしかないのであり、脱退・除名の事実がなければ、従来のユニオン・ショップ協定に基づく労使関係には何らの変化はないのである。

しかして、脱退・除名手続の履践なしに訴外組合とは別個独立の新たな労働組合の結成・存在を法律的実体として認めた原判決は現行の法秩序とは相容れないものであり、失当である。

他方、原判決のいうように単一組織の組合員が組合規約に定める脱退・除名の手続を履践することなく別個独立の新たな労働組合を結成することが出来るのであれば、労働組合の憲法である組合規約を有名無実にすることになり、労働組合の団結権および統制権の崩壊をもたらすこととなる。

第二 原判決には、労働組合法第六条および同法第七条第二号の解釈適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響をおよぼすことが明白であるから、原判決は破棄されるべきである。

仮に、原判決のいうように、二つの別個の労働組合が存在するとしても、斉藤勝一らが訴外組合から離脱した事実のみとめられない本件においては、上告人会社には、補助参加人組合に対して、団体交渉応諾義務はなく、また、補助参加人組合との団体交渉を拒否する正当事由のあることは明白であるのであるかる(ママ)、原判決は、労働組合法第六条および同法第七条第二号の解釈適用を明らかに誤ったものである。

一 まず、斉藤勝一らは、訴外組合から離脱した事実がみとめられないのであるから、補助参加人組合が訴外組合と別個の独立した労働組合として存在するとしても、その組合員は、全員、依然として訴外組合の組合員であるから、ひっきょう、斉藤勝一らは、訴外組合の組合員であると同時に、補助参加人組合の組合員であるのである。

現に、訴外組合は、斉藤勝一ら補助参加人組合の組合員と称する者を全員、訴外組合の組合員として取り扱ってきているのである(〈証拠略〉)。

このように、補助参加人組合の組合員が、全員、訴外組合の組合員であるから(換言すれば、補助参加人組合といっても、それは訴外組合の一部の組合員を組織するにすぎないものである)、仮に、訴外組合と補助参加人組合とがそれぞれ別個の独立した労働組合として存在するとしても、訴外組合とは別に、補助参加人組合に団体交渉権を認めることは、屋上屋を重ねて、使用者に無用の負担を強いるものであって、許されないことは明らかである。

したがって、上告人会社には、補助参加人組合に対しては、団体交渉応諾義務はないのである。

二 さらに、斉藤勝一らは、補助参加人組合の組合員である以前から、訴外組合の組合員であり、一方、訴外組合は、上告人会社と、唯一交渉団体約款およびユニオン・ショップ約款を含む労働協約を締結している労使関係において、上告人会社が、斉藤勝一ら訴外組合の一部の組合員で組織される補助参加人組合との団体交渉に応ずることは、訴外組合の一部の組合員との間で、訴外組合とは別個に団体交渉を行うことであるから、訴外組合に対する支配介入に他ならず、労働組合法第七条第三号に違反するものである。

さらに、本件のように、斉藤勝一らが、訴外組合の組合員であると同時に補助参加人組合の組合員でもあって、両組合の団体交渉権が競合する場合には、「使用者は組合間の権限調整がなされるまで団交を拒否しうる」(山口浩一郎・労働組合法一三二頁)のであり、いずれにしても、上告人会社には、補助参加人組合との団体交渉を拒否する正当な理由があり、同条第二号に該当するいわれはない。

第三 原判決には、労働組合法第一六条、同法第七条第三号および第二七条の解釈適用を誤った法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。

原判決は、チェック・オフに関して、「同一企業内に複数の労働組合が併存する場合は、使用者は、各組合の団結権を平等に承認、尊重し、各組合に対して中立的立場を取るべき中立保持義務があるところ、前記認定のとおり、控訴人は頑なに参加人組合および参加人支部の存在を否定してきていて団交にも一切応ぜず、団交を要求する書面も参加人組合等に送り返すという態度を取り続けてきたこと、チェック・オフについても、参加人組合および参加人支部において、度々控訴人に対しチェック・オフの中止を申し入れ、昭和五八年九月には、参加人支部に所属するという組合員自身も、それぞれ三浦一昭を代表者とする組合の組合員ではないから直ちにチェック・オフを中止するよう控訴人に対し書面で申し入れをしたにもかかわらず、これらの申し入れを無視し、あえて右のように参加人組合所属の組合員であると主張する組合員から組合費相当額を控除し、しかも右組合費を供託する等の手続をとることもなく、参加人支部と対立的立場にある訴外支部に引き渡していること等前記認定の諸事実を考え併せると、このような措置は、参加人支部所属の組合員に対する不利益取扱い(労働組合法七条一号)に該当するとともに、参加人組合および参加人支部の存在を否定し、これらに対し経済的打撃を与えてその弱体化を図ろうとする意図のもとに行われたものと推認せざるを得ず、労働組合に対する支配介入(同条三号)にも該当するものというべきである」(第一審判決書六七~六八頁および原判決書八枚目表~九枚目表)と判示しているが、本件においては、チェック・オフ協定が有効であり、斉藤勝一らにもその効力が及んでいるにもかかわらず、何らの理由も示さず、その効力を否定したものであり、労働組合法第一六条および同法第七条第三号の解釈適用を明らかに誤っているうえ、上告人会社の行ったチェック・オフが不当労働行為に該当するとしても、その救済措置につき著しい裁量権の濫用があり、労働組合法第二七条の解釈適用を誤っている。

一 すでに述べたとおり、斉藤勝一らは、訴外組合の組合規約に定める脱退手続をとったことも、離脱の意思表示をしたことも、および、除名になったこともないのであるから、依然として、訴外組合の組合員であるから、補助参加人組合が、訴外組合とは別個の独立した労働組合として存在するか否かを問わず、斉藤勝一らは、訴外組合に対して組合費の支払義務を負担するのであって、上告人会社が、訴外組合とのチェック・オフ協定に従って、斉藤勝一らについても、その給与の支払に当って、組合費をチェック・オフしたうえ、これを訴外組合に交付することは、チェック・オフ協定という労働協約に定める義務の履行として正当であることは明らかである。

1 労働組合の組合員の組合費の支払義務は、労働組合における組合員の基本的義務の一つであり、組合員は、組合に加入することにより、組合の自治的規範である組合規約に定める組合費の支払義務を負担することになることは、いうまでもないことである。

また、組合費支払義務が、組合員たる資格の取得を前提として初めて発生するものである以上、組合員たる資格を喪失するまで義務が消滅しないことも、いうまでもないことである。

2 そして、使用者と労働組合との間で締結されたチェック・オフ協定には、取立委任の効果が認められ(山口浩一郎・労働組合法二七五~二七六頁参照)、さらに、労働基準法第二四条第一項但書に定める要件を満たすことによって、個々の組合員の支払委任の効果も認められることとなり、チェック・オフ協定は、個々の組合員を拘束することとなると解すべきである。

すなわち、労働者は労働組合への加入に伴い、組合費支払義務を負うのであるから、チェック・オフをめぐる法律関係は、「組合が組合員の賃金を代理受領するという関係ではなく、組合が自己の組合費債権の取立を使用者に委任している関係」として把握すべきものである。

チェック・オフ協定は、賃金から組合費を天引・控除するために必要な手続であって、その点で労働者(組合員)が使用者に負っている債務を、労働基準法第二四条第一項但書の控除協定に基づいて控除されるという関係と類似しているといえる(ただチェック・オフの場合、組合員は使用者に対してではなく組合に対して債務を負っているという点で異なっているにすぎない)。

その意味でチェック・オフ協定に基づく組合費の控除については、個々の組合員の同意は必要ではないのである(西村健一郎「協約自治とその限界」日本労働法学会誌六一号四三頁参照)。

3 原判決は、「チェック・オフは、組合員個々の賃金請求権に関するものであって、労働組合法一六条の『労働条件その他の労働者の待遇に関する』ものということはできないから、組合と雇用主との間にチェック・オフ協定があるからといって、いわゆる規範的効力によって組合員から雇用主に対する支払委任の効力を持つものとは解し難い。したがって、チェック・オフのうち右支払委任の面では、組合員の個々の同意(もっとも、必ずしも明示的である必要はない。)が必要であり、また、個々の組合員は、特段の事情がない限りは、右同意をいつでも撤回することができるものと解すべきである」(原判決書七枚目裏~八枚目表)と判断しているが、失当である。

上告人会社が、訴外組合と締結しているチェック・オフ協定(〈証拠略〉)においては、

「 協定書

労働組合費―チェック・オフ

労働協約第六九条へ項に基づき、会社は組合員の賃金から、次の方式により計算される組合費を控除することを同意する。

引き去り率

イ 毎月の基本給から

毎月の基本給(税込)の二・四%(a)+〇・四%(b)プラス一律一〇〇円(c)

ロ 賞与から

基本給×各賞与支給時の支払月数×一%+基本給×各賞与支給時の支払月数×〇・四%

一円未満は切捨てる。」

と定めており、具体的に、各組合員の毎月の給与および賞与からの控除額を明らかにしているのである。

したがって、右協定は、賃金の支払方法そのものの協定であるから、訴外組合の上告人会社に対する取立委任の効力を有することは、明らかであり、規範的効力を有し、個々の組合員を拘束するのである(奥山明良「最近の労働判例について(下)」中央労働時報第八二九号一〇~一一頁参照)。

4 原判決のいう「旧組合」と訴外組合が同一性を有することは裁判上確定しており(東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第一四三五四号預金返還請求事件および昭和六一年(ワ)第二〇二一号当事者参加事件昭和六二年九月二二日判決、東京高等裁判所昭和六二年(ネ)第二八二八号預金返還請求、当事者参加各控訴事件昭和六三年四月一二日判決および最高裁判所昭和六三年(オ)第九六七号事件平成元年一〇月二六日判決)、斉藤勝一らは、訴外組合から脱退・離脱したり、除名されたものは一名もないばかりか、自ら強く否定しているのであるから、斉藤勝一ら全員が、依然として訴外組合の組合員であり、労働組合の組合員の基本的義務の一つとして、訴外組合に対して、組合費の支払義務を負うことは明白である。

そして、上告人会社と訴外組合との間にはチェック・オフ協定が有効に現存しているのであるから、上告人会社は、訴外組合に対して、その組合員に対する給与の支払に当って、組合費をチェック・オフすべき義務を負担していることも明白である。

したがって、上告人会社が、斉藤勝一らについて、訴外組合の組合費をチェック・オフしたことは、チェック・オフ協定という労働協約に定める義務の履行として正当である。

5 さらに、チェック・オフ協定の効力については、「労働組合法第一六条に定める労働協約の組合員に及ぼす効力を組合員個々の意思表示によって排除し得ないことはいうまでもないから債権者ら(注、組合員)が債務者(注、使用者)に対する右申し入れをもって本件協約に基づく組合費の控除を免れることはできない」(水戸地方裁判所土浦支部昭和六〇年(ヨ)第二九号組合費控除禁止仮処分事件昭和六一年一月二八日決定)というべきであり、また、「組合員各個が被告(雇用主)に提出している組合費引去依頼書は、右チェック・オフ協定を確認する趣旨のものであり、組合員個別の引去依頼の撤回によって、直ちに右チェック・オフ協定が失効し、チェック・オフが許されなくなるとは解されない」(エッソ石油事件・大阪地方裁判所平成元年一〇月一九日判決・労働経済判例速報一三八三号三頁)のである。

この点につき、原判決は、斉藤勝一らが、上告人会社に対して、「チェック・オフ中止の要求」等をなしたことにより、当然に上告人会社が同人らにつきチェック・オフすることが許されなくなるかのようにいうが、右に述べたとおり、失当である。

斉藤勝一らは、訴外組合から脱退してその組合費の支払義務を免れるか、または、上告人会社と訴外組合とのチェック・オフ協定が効力を失うか、ということがない限り、チェック・オフを免れることはできないにもかかわらず、上告人会社が、斉藤勝一らのチェック・オフを一方的に中止することは、訴外組合の組織運営に介入することにもなり、労働組合法第七条第三号に規定する不当労働行為に該当するおそれがある。

以上のとおりであるから、原判決は、労働組合法第一六条および同法第七条第三号の解釈適用を、明らかに誤っているものである。

二 さらに、原判決は、「原告は、チェック・オフが不当労働行為に該当するとしても、原告の行為は従業員の給与から訴外組合の組合費を控除したことであるから、その救済としてはチェック・オフに係る組合費相当額を当該組合員に支払うことを命ずることで必要かつ十分であって、これを参加人支部に、しかも、年五分の割合による金員を付して支払うべきであるとした本件命令は救済方法につき著しく裁量権を濫用したものであると主張する。確かに、チェック・オフに係る組合費相当額およびこれに対する遅延損害金の請求権を有するのは当該組合員個人であって、参加人支部はその交付を受けるべき私法上の請求権を有しない。しかしながら、救済命令制度は、不当労働行為を排除し、申立人をして不当労働行為がなかったと同じ事実上の状態を回復させることを目的とするものであって、労働委員会は私法上の権利義務関係にとらわれることなく、その裁量により個々の事案に応じた適切な救済措置を定めることができるものと解すべきところ、本件において、労働委員会は、参加人支部に属する組合員の給与からチェック・オフした組合費相当額を訴外支部に交付したことが参加人組合及び参加人支部の団結権を侵害する不当労働行為に該当すると判断し、右団結権侵害がなかったと同じ事実上の状態を回復させる手段として、右組合費相当額に年五分の割合による金員を付加して参加人支部へ一括交付することを命じたものである。本件の事実関係のもとにおいては、右組合費相当額を参加人支部へ一括交付することを命じた救済措置が労働委員会に認められた裁量権を逸脱したものとはいえないし、年五分の割合による金員を付加した点についても、経済的な等価を実現するための回復手段の範囲を超えるものではないと認めることができるのであって、この救済措置が労働委員会に認められた裁量権を逸脱し、救済措置として相当性を欠くとまではいうことができない」(第一審判決書六八~六九頁および原判決書九枚目)と判示しているが、失当である。

1 仮に、上告人会社が行ったチェック・オフが、不当労働行為に該当するとしても、上告人会社の行為は、従業員の給与から訴外組合の組合費を控除したものであるから、その救済としては、これを当該従業員個々人に「支払う」ことで、必要かつ十分であり、それ以上に、補助参加人組合に「一括交付することを命じ」、さらには、「年五分の割合による金員を付加した」ことは、申立人が補助参加人組合であることを考慮しても、労働委員会に認められた裁量権を逸脱していることは明らかである。

特に、上告人会社と斉藤グループとの間には、同グループの組合費に関するチェック・オフ協定が締結されていない(すなわち、取立委任が成立していない)のであるから、これを補助参加人組合に支払うことを命じた被上告人委員会の命令が、裁量権を逸脱している違法・不当なものであることは、明らかである。

2 さらに、上告人会社がチェック・オフした金員は、すでに訴外組合に支払済であることが明白であるにもかかわらず、上告人会社に対し同金額の支払を命じることは、上告人会社に対する金銭賠償を命じることと同様の結果になり、加えて、利息の支払まで命じることは、二重の金銭賠償を命じたこととなり、著しく不当である。

労働委員会の救済命令の目的は、原状回復にあり、懲罰的なものではないから、このような金銭賠償は、原状回復としては、許されないところである。

3 以上のとおりであるから、本件被上告人委員会命令には、救済措置につき、裁量権の濫用であることは明白である。

以上

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